カテゴリ:論文( 4 )

スポーツと重心操作

 スポーツは重心移動が重要と言われる。
 下半身の筋力は、重心を移動させるために使われる。
 
 ゆえに、スポーツは下半身の鍛錬が不可欠と言われる。 
 
 だからなにごとかの動作を起こすときには、重心移動を伴い、それには強靭な筋力が必要だと説く。
 例えばバッティングでは、軸足に体重をしっかり乗せ、自由脚に体重を移動させる。
 そのパワーがバットに伝わると教えられる。
 
 ウォーキングの場合でも、踵から着地し、足の裏に重心を乗せていくとされる。 

 ところが僕の場合、歩く、投げる、打つ、蹴る(あまりしませんけど)の動作には重心移動が伴わない。
 重心は常に体幹の真下にあり、脚の位置はあまり気にしない。
 歩く場合は、重心は慣性の法則にしたがって移動し続け、脚は身体の高さを維持するためだけに接地している。
 打つときには、(あまり打つ機会が無いので自分では出来ませんが)インパクトの瞬間に自由脚を一瞬浮かせて踏みなおすだけで軸足に体重を移動させたりはしない。

 重心を移動させなければ、移動させるための筋力は不要だ。
 動きが必要なときには、動きたいほうの接地足を抜くだけだ。
 
 これらはナンバ歩きの応用、琉球空手の首里手のナイファンチの動きをまとめたものだ。
 共通するのは、片方の足を浮かせるときも重心は接地脚に移動させることはせず、体幹の真下に重心を置いたままとする。

 こうすると、下半身の鍛錬など必要なくなってくる。
 動きが必要なときには、重心から離れた位置に脚を接地させることで水平方向に分解されたベクトルを得るのだ。


 
 
[PR]
by studio_do | 2012-04-07 01:41 | 論文 | Comments(0)

環境配慮 エコカー減税?

 エコポイントというのがあって、液晶テレビを買うとポイントがもらえる。
 大きなテレビを買うほうがポイントが高いという。
 それは、おかしいんぢゃないのかい。
 
 でかいテレビのほうが環境負荷が大きいはずなんだが。
 小さいテレビほどポイントが高いのが筋だと思うが。。。。。。
 
 エコカー減税というのもある。
 廃車を伴う新車購入で減税というものだが、それも方向性が間違ってるよね。
 自動車一台まるごと廃車にするには、どれだけの環境負荷がかかるか分かってるのかな。
 過去の車両デザインを標準化し、エコなエンジンに乗せかえるときに減税をするべきである。

 それを思うと、ペットボトルというのも、そろそろ廃止すべきだな。
 PET樹脂を開発するときには、リサイクルのことなんか考えていなかったのに、
リサイクル、リサイクルと掛け声がかかるばかりだ。
 もっと、素材に容易に変換できる素材を開発すべきだろな。
[PR]
by studio_do | 2009-09-18 22:42 | 論文 | Comments(0)

これからのライブドア

 ライブドアがニッポン放送などのメディアを買収しようとしたときには、買収される側の持っている文化が失われるのではないかという危惧があったが、今のライブドアには「文化」のかけらもない。
 インターネットと放送の融合などと言っていたが、結局企業買収しかしていない印象である。
 そんな節操も無い企業体は、いずれ複数のファンドによりいいとこ取りされて解体されてしまうのだろう。
 残すべき文化もないので、何も問題ない。

 堀江容疑者は徹底否認の構えであるが、これは否認というより最初から実務からはツンボ桟敷におかれていたのではあるまいか。
 会社の中ではスピリチュアルな部分しか担当していなかった節がある。
 年収1億ほど貰っていたそうであるが、赤字企業だったのならそれも背任行為だ。
 
 独居房でプリミティブな生活をしながら、結局何をしたかったのか良く考えるべし。
 
[PR]
by studio_do | 2006-01-26 00:01 | 論文 | Comments(0)

ブログの大流行

 ブログが大流行というのは、もういうまでも無いことであって、HTMLもPerlも知らないで素人がWWWの世界に顔を出せるというのは良いことであるのだが、
それ以前のパソコンの世界というのはパソコン通信というものがあった。
 これは、巨大なホストに皆が集うシステムであって、今のブログシステムとは決定的な違いがあった。
 それは一つのコミュニティが巨大であるということで、世の中にはASCII,NIFTY,AsahiNetぐらいしか大手は存在しなかった。
 だから一つのチャットなり掲示板に立ち寄る人々も大人数になり、不特定多数との情報発信という感じがしたものだ。
 ところが、今のブログシステムは一つのページを見ている人が少人数であり、基本的に何らかの縁故の人々である。
 そりゃ、眞鍋かをりのブログのように巨大なコミュニティもあるが、基本的に眞鍋氏の記事にコメントする形でしか議論が進まない。
 
 昔のパソコン通信の会議室というのは、基本的に誰もが話題を提示でき、いくつもの話題が同時進行していた。 基本形態は会議室であり読者と発言者は対等の立場であった。
 しかし今のブログシステムというのは、発言者とコメンターという関係でしかない。
 大多数の発言は読み捨てられていくのである。

 そのうち、ブログに代わる議論システムが登場するのではないかと予想するこのごろである。
[PR]
by studio_do | 2006-01-08 00:14 | 論文 | Comments(0)